TENGU -てんぐ-：moromoro_tomoart：SSブログ

	ブログをはじめるログイン

TENGU -てんぐ-　[小説レビュー] [編集]

「TENGU」（柴田哲孝）※詳伝社文庫

中央通信の道平記者は26年ぶりに群馬県の鹿又村を訪れた。そこは過去に凄惨な連続殺人事件があり、今は廃村だった。道平は駆け出しの頃その『天狗によって成された』と言われた事件を取材したが結局迷宮入りし、真相は闇の中になっていた。今回はその事件の事で、当時付き合いがあった沼田署の鑑識の大貫から呼び出されたのだ。大貫は、自分が癌だと告げ、鹿又村の事件を解決したいから手を貸してくれ、と言った。常人にはなし得ないような殺人が、果たしてどのような犯人によって成されたのか。調査は余りにも意外な結果へと向かっていく・・・・。

「下山事件最後の証言」のレビューでも少し書いたが、この作者の本を初めて読んだのが本書。本屋で前面に平積みされていて目立ったのと、タイトルの奇異さ、そして粗筋を読んで面白そうだと思ったからだ。そして実際、その予想以上の素晴らしい力作だった。
何と言ってもそのスケール感と更にはその演出が素晴らしい。ほんの小さな寒村を舞台にしていると思いきや、どんどん話が大きくなっていって日本をさえ飛び出していく。その間にはアレとかコレとかが（w）関わって来て、話の最初を思い出せなくなるほどの、そんな展開であるw

この本は基本的にif小説である。だから推理小説然とした語り口に騙されて、真っ当な推理モノのつもりで読み出すと、割とすぐに興を削がれるかもしれない。序章で既に、“これはフツーの人間の仕業じゃないよな”という事はだいたい分かる。フーダニットという側面では、作者と読者の頭脳戦的な推理小説の定石は放棄されているのだ。
その代わりにこの作品では、事件の過程・全体像を主人公が丹念に追っていき、徐々に徐々にそれが浮かび上がって来る。最初から見えていた部分が本当に一部でしかなかった事、事件の全容が様々なところに広がっていく意外性が興を惹き、最後まで飽きさせない。

この感覚は、実は一つのモデルケースがある事に気付く。そう、まさしく「下山事件最後の証言」である。作者の前作であるノンフィクションは、60年前の事件の交錯した情報を整理し、取捨選択し、こうであろうという事件の全体像をあぶり出す内容であった。
ただし、ホンモノの迷宮入り事件である下山事件に置いては、明快で痛快な解決編などあり得ない。推理小説のように、最後に関係者が急に全体像を説明してくれたりする事など絶対ないのだから。
それが作者を、次回作に「〜最後の証言」と同じような構造を持つフィクションを書かせる原動力になったのではないか。最後の最後に明快な解決を与え、気持ち良くクロージングを迎える作品を書きたくなったのではないかと想像するのだ。柴田氏の作中の分身としては、前々から有賀雄二郎というキャラクターがいるのだが（今作でもチョイ役で登場）、今作の主人公・道平も明らかに柴田氏の分身であろう。

今作のもう一つの売りである恋愛小説的側面に関しては、物語の仕掛けとしては機能しているものの、情緒的にはそれほど書き込まれている訳でもなく、明らかに帯のキャッチコピー倒れだが、逆に言うとそこにあまり踏み込んでしまうと今作のハードボイルドな渇いた雰囲気が崩壊してしまう危険がある。だいたい今でも充分厚めの本でもあり、これ以上筆を重ねるとリズムも悪く、読み辛くなるだろう。ワタシとしてはバランスはこんなものだろうと思う。

何にしても、この作者の作品に共通して言える事だが、非常に語り口がうまくてスラスラと読める事、それに加えて今作では非常な力作ですいすい読んでもそれなりの時間楽しめる事もあり、誰にでもお薦め出来る娯楽作です。

本作。残念ながら表紙ビジュアルがなくて寂しいので、当レビューのキャッチには単行本の表紙を使わせてもらいましたw