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勝利 [小説レビュー]

「勝利」(ディック・フランシス) ハヤカワ文庫
 
ディック・フランシスの競馬シリーズ39作目。ガラス職人のローガンが、友人である障害馬レースの騎手の事故死直後に受け取ったビデオテープのお陰で深い陰謀に巻き込まれる。

相変わらずのフランシスである。既にフランシスは86歳という年齢(この作品の発表時は80歳)なのだが、その創作意欲には驚かされる。この作品の発表直後に協力者でもあった妻のメアリーと死別し、断筆宣言もあったようだが、昨年新作を発表との事で、まだまだ意気軒昂である。

競馬シリーズ全編に言える事だが、この作品も主人公の一人称で書かれている。ワタシのような、主役(もしくはそれに近い人物)に感情移入して読み進めて行くような人種にとっては、ま、一番読みやすい文体だ。ただし、だからこそ主人公が受ける苦痛や恥辱などが受け手にストレートに伝わって来るので、普通はとっても『イタい』作品になるのが普通なのだ。しかしフランシスの作品は、終盤必ず(当然だが)主人公がピンチに陥るにもかかわらず、そういった『イタさ』とは無縁なのだ。そこがフランシス作品を安心して読める娯楽作としている要因の一つだ。
例えば前に取り上げた事のあるハーラン・コーベンなどもそういう傾向があるが、ハーランの作品でその『イタさ』を緩和しているのは、作品全体の文体に潜むユーモア感覚だったりする。
しかし、フランシスの作品で『イタさ』を緩和するのは、何よりもそれぞれの主人公の肉体的・精神的な強靭さなのだ。何が起こっても動じない。『これはひどい状態だ』と主人公が認識しているにもかかわらず、それが感情的な悲惨さに繋がらないのは、主人公本人が『どんなにひどい境遇に陥っても何とか出来る』という自信を持って行動を起こすからだ。恐ろしい程のポジティヴ・シンキングである(笑)。でもだからこそ読んでいてストレスなく楽しく読み進めて行けるのである。

逆に毎回変わるのは主人公の職業だ。「競馬」シリーズと言われて来ただけあって、シリーズ初期は競馬の周りの職業をモチーフにしていた。もちろんフランシスが元名騎手であったからこその題材選定だったに違いない。しかし中期以降、様々な職業が登場した。飛行機のパイロット、画家、諜報部員、公認会計士、カメラマン、物理教師、銀行マン、酒屋店主、宝石商、作家、外交官、建築家、運搬業者、映画監督、気象予報士・・・・。しかもただ職業が変わるだけでなく、作中でその職業に関する蘊蓄が披瀝され、読者に一定の職業に対する知識をくれる。しかもプロットにはしばしばその職業ならではの仕掛けを用意しているのが素晴らしい。年1冊のペースを維持しながら、次々と様々な職業の調査をした上に、それを生かした作品を書いていくというんだから、ホントにフランシスは超人である。

また初期〜中期の作品は、ほとんどが最後のピンチを脱したところでエンディングとなっていた。エピローグはほぼゼロ。『あとは想像出来るでしょ?』と言わんばかりの終わり方で、確かに言わずもがな、という部分もあったが、どうしても唐突感は拭えなかった。しかし今作を含む最近の作ではしっかりとエピローグも描かれている。フランシスの特徴は薄れたかもしれないが、やはり余韻としてはエピローグがあった方が読後感も気持ちがよい。

最新作はハードカバーからの発売なので、ワタシのように文庫版で読んでいる人間にとってはまだ数年は読めそうもないが、書かれているという事実が有り難いシリーズである。フランシスもあと何年書けるか分からないが、頑張って欲しいものである。
 
 

勝利

勝利

  • 作者: ディック フランシス
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2006/11
  • メディア: 文庫


こちらが復帰作である最新作。四度シッド・ハレー登場!

再起

再起

  • 作者: ディック フランシス
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2006/12
  • メディア: 単行本


しかし考えてみれば、ワタシがフランシスよりも冊数持ってる作家は既にクリスティしかいない。普通の作家にはこの冊数は出版出来んよね。クリスティは70冊超えてるけど、フランシスの処女作は42歳の時だから、ま、10年のハンデがあってのこの冊数なのだ。
でも考えてみたら、フランシスはクリスティの亡くなったくらいの年齢になってしまってるんだなぁ。


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