太郎物語 大学編〈part2〉 [小説レビュー]
「太郎物語 大学編」(曾野 綾子)新潮文庫
(part1はこちら→太郎物語 大学編[小説レビュー])
(高校編はこちら→太郎物語 高校編[小説レビュー])
太郎は補欠で受かった都内の有名校を蹴り、興味のある文化人類学を専攻するために名古屋の北川大学に入学する。初めての土地での一人暮らしと新たな友人、帰省すれば家庭が崩壊した友人や、まだ気持ちが残るガールフレンド、そして高校時代に憧れた先輩の元を訪ねたりと、太郎の一年は忙しく過ぎていく。
折角高校編をレビューしたので、再読した大学編も簡単に振り返っておきたい。
まず伝えておきたいのは、本当に面白い本だと言う事w ユーモアがあってクスクス笑えるし、それでいて押し付けがましくなく人生の機微を教えてくれる、誰でも手軽にとって楽しむ事が出来る本だ。
今回の再読では高校編で書いた通り、今まで読んだ時と少し違って太郎に入れ込み過ぎずに、他のキャラクターにも目配りしながら読めたように思う。特に太郎の両親や山中さん、三吉さん、旧友の藤原など、キーになる(描写の多い)キャラクターがとても魅力的に感じた。
特に藤原なんか、今読んでみると『あぁ、自分に近い性格かもなぁ・・・』なんて思ってしまった。目指していたのは太郎だったんだが、結局藤原くらいの目立てない性格だったなぁ・・・・という残念なw感慨が。いや、藤原もいいヤツなんで、そこまでもいってないとは思うけど。
そして改めて「ノルウェイの森」とは甚だ違う大学生活だなぁ、と思う。「太郎物語」は特に設定年代は出て来ないと思うが、高校編の出版年が1973年、大学編が1976年なので、70年代中期の話と考えていいだろう。「ノルウェイの森」が1969年だから5年程の開きがあるが、今となってはまぁ同時代と考えてもいいだろう。それでも作中の雰囲気は全く違う。これは書かれた年代が違うからかもしれないが、「ノルウェイの森」では性格や人間関係に重要な役割を果たしていたセックス描写は「太郎物語」には全く描かれない。
もう一つ「太郎物語」に欠落しているのは音楽描写だ。全くと言っていい程出て来ない。つまり時代を映す風俗的なものがかなり後退しているのが「太郎物語」の特徴なのだ。
それはやはり、息子をモデルにしたのでは、と言われる曾野綾子の母親としての目線で描写されているから、なのかもしれない。翻って村上春樹の「ノルウェイの森」は本人の自伝なのでは、と言われているのだから、正に親の代が書いたものと本人が書いたものという違いそのものが反映されているのだろう。
お陰で「太郎物語」は時代を感じさせないという意味で普遍性を獲得し、「ノルウェイの森」はノスタルジーを身に纏った上で普遍性を獲得した。これこそ出版年の違いが如実に表れた表現の違いと言えるかもしれない。
それにしても太郎の生活の魅力的な事!独り住まいで好きな時に好きなだけ本を読み、自分でこだわりのあるおいしそうな料理は作るし、旅行は行き当たりばったりで行くし、ワタシとしては夢のような生活(笑)。寂しさも漂わせているが、今のワタシから見ると魅力の方が勝ってしまう。あぁ、一回くらいこんな生活をしてみたかったなぁ・・・・。
(part1はこちら→太郎物語 大学編[小説レビュー])
(高校編はこちら→太郎物語 高校編[小説レビュー])
太郎は補欠で受かった都内の有名校を蹴り、興味のある文化人類学を専攻するために名古屋の北川大学に入学する。初めての土地での一人暮らしと新たな友人、帰省すれば家庭が崩壊した友人や、まだ気持ちが残るガールフレンド、そして高校時代に憧れた先輩の元を訪ねたりと、太郎の一年は忙しく過ぎていく。
折角高校編をレビューしたので、再読した大学編も簡単に振り返っておきたい。
まず伝えておきたいのは、本当に面白い本だと言う事w ユーモアがあってクスクス笑えるし、それでいて押し付けがましくなく人生の機微を教えてくれる、誰でも手軽にとって楽しむ事が出来る本だ。
今回の再読では高校編で書いた通り、今まで読んだ時と少し違って太郎に入れ込み過ぎずに、他のキャラクターにも目配りしながら読めたように思う。特に太郎の両親や山中さん、三吉さん、旧友の藤原など、キーになる(描写の多い)キャラクターがとても魅力的に感じた。
特に藤原なんか、今読んでみると『あぁ、自分に近い性格かもなぁ・・・』なんて思ってしまった。目指していたのは太郎だったんだが、結局藤原くらいの目立てない性格だったなぁ・・・・という残念なw感慨が。いや、藤原もいいヤツなんで、そこまでもいってないとは思うけど。
そして改めて「ノルウェイの森」とは甚だ違う大学生活だなぁ、と思う。「太郎物語」は特に設定年代は出て来ないと思うが、高校編の出版年が1973年、大学編が1976年なので、70年代中期の話と考えていいだろう。「ノルウェイの森」が1969年だから5年程の開きがあるが、今となってはまぁ同時代と考えてもいいだろう。それでも作中の雰囲気は全く違う。これは書かれた年代が違うからかもしれないが、「ノルウェイの森」では性格や人間関係に重要な役割を果たしていたセックス描写は「太郎物語」には全く描かれない。
もう一つ「太郎物語」に欠落しているのは音楽描写だ。全くと言っていい程出て来ない。つまり時代を映す風俗的なものがかなり後退しているのが「太郎物語」の特徴なのだ。
それはやはり、息子をモデルにしたのでは、と言われる曾野綾子の母親としての目線で描写されているから、なのかもしれない。翻って村上春樹の「ノルウェイの森」は本人の自伝なのでは、と言われているのだから、正に親の代が書いたものと本人が書いたものという違いそのものが反映されているのだろう。
お陰で「太郎物語」は時代を感じさせないという意味で普遍性を獲得し、「ノルウェイの森」はノスタルジーを身に纏った上で普遍性を獲得した。これこそ出版年の違いが如実に表れた表現の違いと言えるかもしれない。
それにしても太郎の生活の魅力的な事!独り住まいで好きな時に好きなだけ本を読み、自分でこだわりのあるおいしそうな料理は作るし、旅行は行き当たりばったりで行くし、ワタシとしては夢のような生活(笑)。寂しさも漂わせているが、今のワタシから見ると魅力の方が勝ってしまう。あぁ、一回くらいこんな生活をしてみたかったなぁ・・・・。
>みーちゃんさん
nice!ありがとうございます。本のレビューに反応してくれるととっても嬉しいです!またお願いします。
by tomoart (2011-01-16 10:47)
>maiwwaさん
nice!ありがとうございます。読まれましたか?感想などありましたらお待ちしております!
by tomoart (2012-05-08 00:14)