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ノルウェイの森 [小説レビュー]

ノルウェイの森1.jpg「ノルウェイの森」(村上春樹)講談社文庫

※基本的にこの文章はネタバレを含んでいます。物語を読んでいない方は、ぜひお読みになってからまたお越し下さい。

映画版のレビューはこちら

神戸から東京の大学に進学したワタナベは、中央線で偶然直子に再会する。直子は、高校時代に自殺したワタナベの親友・キズキの恋人だった。付き合うようになった二人は直子の誕生日に結ばれるのだが、それによって混乱した直子は精神のバランスを崩して故郷へと帰ってしまう。そしてワタナベは風変わりな女の子・緑に出会う。

自分自身の混乱が収まらないけど、取りあえず書いてみる。なぜなら書く事で整理がつくものだし、それでも整理がつかない混乱は一生収まらない事なんだと気付いたから。そういう事は忘れてしまうか、一生混乱したまま生きていくかしか方法はなく、多分ワタシの解決方法のほとんどは前者なのだ。で忘れちゃうって事はレビューが書けないって事なんだよなぁ(笑)。

多分今回が三回目の通読となるが、ワタシの読後感は『切なさ』に尽きる。ワタナベの気持ちも切ないし、緑の気持ちも切ない。

ワタシの持っている文庫本は現在の装丁になる前の初版を買ったのだが、本を開くと奥付は1991年(ちょうど20年前だ)となっている。だから多分その時が最初の通読だったはずだ。当時ワタシはM社入社2年目か3年目くらいの25歳辺り。物語中のワタナベと年代がまだまだ近かった時。その頃も確かに切ない気持ちを抱いた記憶はあるが、さほど後を引かなかったと思う。当時のワタシは自分自身がまだまだ“青春の混乱”していたし、そのせいで作中で展開される混濁とした状況をうまく消化し切れていなかった気もする。だから表層的な話の展開を追うだけで終わってしまっていた。

今作は青春小説という側面と、恋愛小説としての側面を持っている。二つは当然断ち難く存在している訳だが、当時まだ自分自身が青春を謳歌していたワタシは青春小説としての側面はあまりピンと来ず、恋愛小説として読んでいたように思う。

二度目の通読は定かではないが、確か7〜8年前だと思う。作中の現在のワタナベと同年代の頃だ。会社員として30歳で社内恋愛の末に結婚し、35歳で厚木の郊外に一軒屋を購入したワタシは、一般的に考えられる月並みな人生の“シアワセ”を踏襲してきていると感じていた。そりゃ不満もあるし順風満帆とまでは言えないかもしれないが、少なくとも対外的にはマトモな人生を歩んでいると思っていた。

そんな中でこの物語を読んだ時、青春小説としての側面を強烈に『切なく』感じた。

人はオギャーと生まれた時から選択の連続で生きている。そして選択する度に人生の可能性をどんどん捨てているのだ。幼稚園、小学校、中学校、高校、大学、会社、意識するしないに関わらず、ほとんどの人にとってそれらを選択し直す事は不可能に近い。大学なんかは落とされたんだ、オレは選択してないって人もいるかもしれないがw少なくとも全ての大学入試を受ける訳じゃないから、なにがしかの選択をしているはずだ。結婚や家の購入なんかも人生の大きな選択であり、それによって可能性の幅は大きく減じて来る。

いや、選択する事が悪いって事では全然ない。だいたい選択ってのはその時にせざるを得ない場合がほとんどで、小さい事なら今日の昼飯に何食うかって事は食わないって選択肢も含めてタイムリミットがある訳で、可能性は狭まるけど人生が有限である限り選択は必要な事なのだ。逆に言うと人生の残り時間が減っていくその事自体が選択の余地が減っていくという事なのだから。

話を戻すと、二度目の通読で感じた切なさは多分、まだ人生に数多(あまた)の希望があり、あり過ぎる事で悩むワタナベの姿に、在りし日の自分を見たからだと思う。もちろんワタシはワタナベみたいに気がつかないし優しくないしもちろんもてもしなかったのだが、ワタナベとワタシは人生に対する姿勢が根本的には同じなのだ。そしてワタシはいつも書いている通り、主人公に感情移入して読むタイプの読者なので、そういう意味でもワタナベと自分が重なったのだろう。

その上で自分が捨てて来た可能性の萌芽を想い、既に取り戻せない青春時代を想い、切なさを感じたのだ。

そして今回。ワタシは44歳になっている。就職から22年、結婚から14年、家の購入から8年が経ち、人生の安定期と言われてもいい状態だ。子供がいないのが尚更その感を強くする。逆に言うと生活に変化がない。マンネリの極致である。それはある意味二回目の通読時の状況を更に推し進めた状態と言える。

ところが実情は違う。去年ある大きな選択をした。これによって今年の持つ意味が大きく変わった。まだここに具体的に書けないのがもどかしいのだが、ここからが人生第二のスタートなのだ。これによってもしかしたらその他の事も大きく変わるかもしれない・・・・。

そんな人生の転機に通読した今回の切なさは、前回前々回の印象を包括して更に深く分け入った感のあるもので、だからこそ今までになく心に染み入るものだった。ワタナベの心の解放と、自分の心の解放がリンクしたと言えるかもしれない。

ワタナベと直子の明らかな疑似恋愛やその事に対する二人の思考の流れも分かるし、ワタナベが感じる責任感が疑似恋愛だからこそ大きくなっていくその理由も分かるし、直子がその事に対してどんどん気持ちがおかしくなって死ぬしかなくなる理由も分かる。だからワタナベの緑への恋情が本当の意味での“初恋”なのも分かるし、緑の感情も同様の初恋なのが分かる。緑が父親に関する嘘を言わざるを得ない、いや言うべきである状況も分かるし、ワタナベと父親を対面させたかったのも分かるし、父親が死んだ時にワタナベに電話したのも分かるし、その後恋人と旅行に行ったのも分かるし・・・・。

今回特に切なく感じたのは緑について。ワタナベに対して感じる切なさは今までもあったが、今回は何故か緑に対しても感情移入してしまい、緑の心のひだを強く意識した。彼女の行動の様々な部分に想像がふくらみ、細かい感情の流れを汲み取り、さもありなんと胸に迫る想いを感じる。

おかげで読後にワタナベと緑は幸せになれたのかが気になってしょうがない。本の最後を読めば二人がその後付き合った事は想像に難くないわけだが、思い出してみればこの本は37歳のワタナベの回想という書き出してスタートしている。その後も現在の目線で語られる話があるし(ハツミさんの行く末の時とか)、その辺りの空気を読む限り、ワタナベの描写は所帯持ちのそれではない。となると・・・・まぁ、余り悲しい方向に妄想を膨らませない方が身のためかな。

作品について解説しようとすれば、キズキと直子の関係性とワタナベと緑の関係性の類似(というか相似形と言った方がいいか)だとか、緑は感情豊かにキュートに描かれているが直子は外見や仕草についてしか語られていない事とか、劇的な事をキーポイントにしない(それぞれの死についての描写なんかがいい例で、それは緑の父にも言える)事によってワタナベの心情の描写を大切にしている事とか、1969年という絶妙な年代設定によって逆に古くならない普遍性を獲得した事とか、言い出せば切りがない。

でもそんな事はどうでもいい事なんだ。この本はただ読めばいい。読む人が各々自分や自分の周りの人を登場人物に投影して読めばいい。そして自分の感受性に合った感動を味わえばいいのだ。
そして幾年かが過ぎた時、もしくは大きな選択をした後、もう一度読んでみる。そしてこんな話だったのかと愕然とすると共に、新しい感動を覚える。そうやって一生付き合っていける本なのだと思う。

ワタシもまた、50を過ぎた頃にでももう一度読み返したい。

ノルウェイの森  上下巻セット (講談社文庫)

ノルウェイの森  上下巻セット (講談社文庫)

  • 作者: 村上 春樹
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2010/11/05
  • メディア: 文庫

「ノルウェイの森」のワタナベに共感したら、こちらの「太郎物語」も読んでみてください。主人公の山本太郎はワタナベと結構キャラが被ってます。ワタシも再読して、もう一度確認しようかと思っています。
太郎物語 (高校編) (新潮文庫)

太郎物語 (高校編) (新潮文庫)

  • 作者: 曽野 綾子
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1985/01
  • メディア: 文庫
太郎物語 (大学編) (新潮文庫)

太郎物語 (大学編) (新潮文庫)

  • 作者: 曽野 綾子
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1987/05
  • メディア: 文庫

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tomoart

>み〜ちゃんさん
nice!ありがとうございます。しかもこんな“青臭い”レビューに(汗)つけていただいて嬉しいです。

どうも本のレビューって、映画と違って静かに読み終わるので、自分の世界に没入したまま書いてしまう感じがあって、お陰でナマな感情が表に出ちゃうんですよねぇ・・・・。
後から自分の文章を再読すると、夜書いたラブレターみたいな気持ちになるんですけど(笑)、一度晒したものを引っ込めてもしょうがないかと開き直って放置しています。

でもそれだけにnice!つけていただくと嬉しいです。ありがとうございます。
by tomoart (2011-01-16 10:52) 

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